綴れ織(つづれおり)

奈良時代に中国より伝えられたと言われる綴れ織(つづれおり)は、日本の染織の歴史の中で独特の変化と成長を遂げました。

その後江戸時代に入ると西陣で織られるようになり、主には祇園祭の鉾の幕や劇場の緞帳などに使われ、豪華で重厚な印象があります。

綴織は非常に根気のいる技術を要し、それだけに織り上がりは深みがあって美しく、やや厚手の張りの有る地風が特徴です。

綴れ帯の由来

織物の中で綴は、紀元前20世紀に古代エジプトにて発達し、我が国においても正倉院や法隆寺に、奈良時代から入って来た綴織の遺品がいくつか残っています。

「西陣天狗筆記」によりますと、江戸時代中紀に活躍した井筒屋(林)頼平が綴織を再興したといわれていますが、そのきっかけは桃山時代、何番線によって船載されたヨーロッパの綴織、タペストリーの豪華な対策や中国の精緻で真に迫る文様表現が、我が国の織匠たちを刺激させた事が大きいようです。