辻が花(つじがはな)

室町時代から伝わる辻が花(つじがはな)は簡素ではありますが品格に満ちた、墨絵と絞りの着物です。

模様を絞り染めした輪郭に墨絵を施したり、模様の隙間に墨で描いたりしていきます。

枯れかけた花や葉の朽ち果てゆくさまを題材に描き、もののあわれを漂わせた美しさを表現しています。

戦国時代が終わり、技術を伝承する者もいなくなり、幻の辻が花といわれるようになりました。

昭和の末期に息を吹き返し、振袖や、訪問着の正装用としても格のあるものとして愛され続けています。

辻が花の特徴は絞りと墨絵

「辻ヶ花」を構成するのは、絞りと墨絵。絞り染は、昔ながらの方法-桶だし絞りや小帽子で模様を描き出します。

小帽子は和紙と竹の皮とを糸で括り、桶だし絞りは桶の中に染めたくない部分を入れ込み蓋できつく絞り、 染料に浸し染めます。

ひとつひとつ気の遠くなるような作業を繰り返すことで染模様が浮かび上がります。その絞りの合間に墨絵が描かれます。

墨絵には室町桃山という乱世を生きた人々の“祈り”や“願い”が込められているといいます。

先々まで美しく延び咲く藤の花には「子孫繁栄」。力強く咲く椿は「生命力」。朝咲いて夕べには散る沙羅双樹の花は「時の儚さ」など‥‥。

独特な世界観を醸し出す「辻ヶ花」だからこそ、私たち現代人の心を掴んでしまう魅力があるのかもしれません。

幻の染めとしてマスコミに取り上げられる

「辻が花」という名称は、15世紀後半にはじめて文献上に現れます。1596年には豊臣秀吉が明国の使者へ、帰国時の餞別として辻が花を贈ったという記述もあります。

辻が花は、誕生からおよそ一世紀余りの間に、素朴な絞り染めから刺繍やすり箔をほどこした豪華なものまで各階層の人に広がり、同時に「辻が花」という名称も、今我々が着物といえばすぐに「友禅」と口にするように、身近な日常語となっていたようです。

桂女の小袖、秀吉の陣羽織、徳川家に残る着物などに見られるようにその最盛期は桃山~江戸時代初期でしたが、友禅染の発達等から辻が花はその存在意義を失い、自然に消滅へと向かったのです。

近年「幻の染め」としてマスコミなどでとりあげられ、「辻が花」の名が一般に知れ渡るようになりましたが、その図柄がたんに辻が花模様として定着した感もあります。

しかし「辻が花」の基本はあくまで「絞り染め」です。そこに描き絵や箔・刺繍などを併用することで、絞り染め本来の美しさを最大限に生かした技法なのです。