芹沢けい介(せりざわけいすけ)

芹沢けい介 (せりざわけいすけ)型絵染 人間国宝

芹沢銈介は1895年に静岡県に生まれ、東京高等工業学校(現・東京工業大学)図案科を卒業しました。
30代初めに「民藝運動の父」と呼ばれる柳宗悦の論文に触れ、深く感銘を受けた芹沢は生涯にわたって師と仰ぎます。
そして1928年に開催された大礼記念国産振興博覧会に柳たちが出展した「民藝館」に訪れた芹沢は、かけてあった沖縄の紅型の風呂敷に強く惹かれます。
「その模様、その色、その材料、こんな美しい楽しい染物以上の染物があるかと、夢のような思いでした」と当時の思いを回顧しています。

1929年にはろうけつ染めによる「紺地蔬菜文壁掛」を発表し染色家としての道を歩み始めます。
1939年、芹沢は柳らと沖縄に滞在し、知念績秀から紅型の指導を受けます。また、スケッチをしたり、民謡の手ほどきを受けたりと満喫しました。
沖縄の風土は芹沢の感性を刺激し、その後の作品に与えた影響は大変大きいものでした。

1956年には「型絵染」が重要無形文化財に指定され、人間国宝となりました。

芹沢はデザイン、型彫り、染めまで一貫して制作します。そのため、それぞれの文様の一つ一つに芹沢の個性が最大限に発揮されています。
快活で生き生きとした染め、ダイナミックな線や繊細な線によって丁寧に文様を表現する彫りは見る人の心を掴んで離しません。