鈴田照次(すずた てるじ)

鈴田照次 (すずた てるじ)型絵染 鍋島更紗

「木版摺更紗」は、江戸時代初期より一子相伝により伝承されてきた「鍋島更紗」の技法を起源とするものです。
1598年、豊臣秀吉の朝鮮出兵の折り、鍋島藩藩主の鍋島直茂が朝鮮から連れ帰ったと言われる工人の中にいた九山道清(くやまどうせい)という人物によって「鍋島更紗」は始められたと伝えられています。
江戸時代、佐賀鍋島藩の保護のもとに「鍋島更紗」は、参勤交代の際の献上品として制作されるようになり、和更紗の中でも特に格調の高さがある上質な染め物として、重宝されてきました。
しかし、大正時代には一旦途絶えてしまいます。

鈴田照次さんは型絵染の技法で人間国宝に認定された稲垣稔次郎さんに師事し、型染を学びます。
昭和34年頃には鍋島更紗の秘伝書や見本帖に出会い、それらを見た瞬間、これは自分が生涯をかけてする仕事だと直感されたそうです。
そして一心に研究に励み復元に成功します。
修行時代にろうけつ染めの自由な線の表現を身につけ、型染の整理された線の良さを求めた経験から、鍋島更紗に辿り着いたのでしょう。

そして今では鈴田照次さんの息子である鈴田滋人さんが跡を継ぎ、人間国宝に認定されています。